NO.6 短編、強制的な欲情 前編

最近のロストタウンは、平和だった
平和と言っても、盗難やちょっとした喧嘩は毎日のようにあったが、それは日常茶飯事だった
人々が特別騒ぎ立てるような騒動もなく、普遍性のない日が続いていた

そんな雰囲気だからか、流星は最近刀を抜いていなかった
そんな出来事がないのは良いことだが、このままでは腕がなまってしまう不安があった
そこで流星は、腕の立つ友人の家に向かう事にした



腕の立つ友人とは、勿論ネズミの事だった
流星は、家の前に立って扉を叩く
タイミングが良かったのか、すぐにネズミが出てきた

「ネズミ、頼みたい事があるんだけど、いいか?」
「あんたがおれに頼み事なんて、珍しいな」
ネズミは突然の訪問客とその頼み事に驚く様子は見せず、いつものように受け答えた

「僕と、手合わせしてくれないか。勿論、時間がある時でいい」
ネズミはそんな突飛な頼み事にも驚きはせず、わずかに口端を上げた

「いいぜ。何なら、今からでも」
ネズミは、いつになく乗り気だった
もしかしたら、彼もこの平和な雰囲気に飽きていたのかもしれない

「ああ。それじゃあ、早速頼む」
都合良く事が進んだ事に気分を良くしつつ、二人は場所を移動した




二人は、人気のない路地で足を止めた
人気が無いだけだったら、あの小高い丘でも良かったのだが、万が一紫苑に見られでもしたら確実に止められるだろう
今から交わす刃を邪魔されたくないと思っているのはネズミも同じなのか、その路地は流星でも知らない場所だった
そしてある程度お互いの距離を開けると、無言で武器を構えた

「っと、その前に。おれから、条件がある」
ネズミが一旦ナイフを下ろしたので、流星も刀を鞘に戻した
条件をつける気だったのなら、家の前で言っておいてほしかったと思ったが、頼んだのは自分からなので何も言わなかった

「先に服の一部を切られたほうは相手の言う事を一つ聞く、なんてどうだ?
ベタだけど、あんたにとってもこっちのほうが楽しめるだろ」

「何でも・・・か」
その何でもという条件は、リスクは高いがそれだけ見合った物がついてくる
もし自分が負けたら何を言われるかわからないが、勝ったら相手に何でも言う事ができる
それは、いつもからかわれている流星にとっては魅力的な条件だった
そんな緊張感と楽しみを見出しながら刃を交えるのも、悪くはないと思った

「わかった。君の提案に乗ろう」
そう言うと、流星は刀を構え直した
ネズミもナイフを構え、臨戦態勢に入った


しばらくは、お互い間を保っていた
そして、先に動いたのは流星だった

中距離から刀を振りかざし、ネズミの右肩を狙う
相手のナイフはそれを予測していたかのように反応し、刃を受け止めた

刃が止められると流星は一旦刀を引き、刀身を横に薙ぎ払った
ネズミはさっと後ろに飛び退き刃を難無くかわすと、一気に距離を詰め、細かな動作で流星の腕を切りつけようとした
流星はとっさに刀の角度を変え、あやういところでその一撃を防いだ
やはり懐に入られては不利だと、今度は流星が後ろに飛び退いた

そこから距離を詰められないように、刀を平行にしてネズミの肩をかすめるように突きを放つ
ネズミは連撃を紙一重でかわし続け、距離を詰める隙をうかがっていた


お互い、瞬きする間も無い攻防が続く
しかし、それはあっけなく崩されてしまった
ネズミの超繊維布の下で、何かが動いたのだ
そして、その動いたものは布からはい出てくると、チチッと鳴いた

思いもよらぬ出現に、流星の手が一瞬止まった
ネズミも一瞬気を取られたようだったが、流星の隙を見逃さず、すかさず素早い動作でナイフを払った
流星はとっさに腕を引いたが、きわどいところで間に合わず、手首付近の布にわずかな切り込みが入ってしまった


流星は小さく溜息をつくと、刀を鞘に戻した
子ネズミは流星から警戒心が解かれたのを感じ取ったのか、何事もなかったかのように肩に飛び乗って来た

「・・・仕切り直しにするか?」
ネズミも予想だにしていなかった事なのか、そんな提案を投げかけてきた

「いや・・何にせよ、僕が負けたのは事実だ」
子ネズミが出てきた事を、咎める気はなかった

敗北したのは他でもない
戦闘中に、他の事に気を取られた未熟さが原因だ
お互い本気だったら、つい気をとられたなんて言い訳は通用しない
もう少し反応が遅れていたら、手首を切り裂かれていてもおかしくない状況だったのだから


「・・・相手の言う事を一つ、聞くんだったな」
流星は、一つ、というところを強調して言った
どんな意地の悪い難題を言ってくるかわからなかったが、それも自分のせいだと、諦めた
ネズミも何かしっくりきていない様子だったが、とりあえず流星の肩に乗っていた子ネズミを家に帰るよう指示した
子ネズミはチチッと鳴き、そこから飛び降りて路地を駆けて行った

「ここじゃあする事もできないから、あんたの家に行くか」
ここではできないという言葉にいささかの不安を覚えたが、今は何か言えた立場ではなかった
何をする気かは知らないが、自分の家のほうが落ち着くので拒否する事無く二人は家へ向かった




流星の家に着くと、ネズミは早々にベッドに寝転がった
何をしているのか訝しげに見ていると、手招きされたので流星はそこへ軽く腰かけた

「それじゃあ一つ、言う事を聞いてもらう」
ネズミはやはり意地悪そうに笑ったが、この状態で何をさせる気なのか予測がつかなかった
だが、この体制は普段と逆だなと思った

今までの事を思い起こすと、自分はいつも不慣れな事に対応できず、受け身になる側だった
しかし今は、自分がネズミを見下ろす形になっている

そこで、ネズミがさせようとしている事に対して、もしかしたらという予測が浮かび上がった
そんな事を思いついてしまった自分に、そんな馬鹿なと訴えた
そんな流星の自問自答をよそに、ネズミが口を開いた


「これから、おれがあんたにしてるような事をする事。それが敗者へのペナルティーだ」
「君が僕にしてるような事を、僕が・・・君にするのか!?」
少しややこしい話だったが、つまり、ネズミが流星にしてきた事
肌への愛撫や、口付けを今度は流星からしろと、そう言う事だった

流星はその発言に、驚愕を抑えられず声を上げた
それはまさしく、自分がさっきちらっと思った事だったからさらに驚いた
とたんに、そんな事できるかと言い捨て、部屋から出て行きたい衝動にかられる
だが、ネズミの出した条件をのんだのも、気を取られて負けたのも自分のせいだと思うと、足が動かなかった

「まさか、高貴なナイトが逃げるなんて事はしないよな」
今、まさに逃げてしまいたいと思っていた事を当てられ、プライドがちくりと傷付いた

「・・・そんな事、するわけないだろ。それが条件なら・・やってやる」
相手に、そして自分にも言い聞かせるようにそう言った
そして片足をネズミの足の間に滑り込ませ、両肩の脇に手をついて、真上から見下ろした

こうしてまじまじと見てみると、綺麗な顔をしていると思う
男に使うのは適切ではない表現かもしれなかったが、本当に端正なのだ
それだけではなく、何げない動作にも目を見張るものがある

極めつけは、独特な妖艶な眼差し
彼は、そこらへんの女性より魅力的なんじゃないかと、時たま思う


流星は、そうして形を作ったはいいものの、ここからどうするか行動ができなかった
だが、このまま見下ろし続けいても何も進まないので、ネズミの行動を思い出しつつ、片手を首筋に持って行った
こうして、自分から相手に触れる、という事は滅多に無い事だったので、たったそれだけの動作でも流暢にはいかなかった

首に触れると、とくんと脈を打っているのが掌に伝わる
その掌は、まるで首を絞めようとしているように見えた
自分の首元に易々と触れさせるなんて、当初出会った頃のネズミからは考えられない事だった
それゆえに、今、自分の首に触れている相手は安全な存在だと思われている事が、喜ばしく感じた


そこで手が止まってしまっていたので、今度は指先で首筋をなぞってみる
ネズミは顔色一つ変えずに、流星を見上げていた
自分の手つきが悪いせいで何も感じていないのかもしれないが、それは知った事ではない
とりあえず自分がされた事をしているだけだ、条件に反してはいない

次は頬に手を添えたところで、流星は静止した
自分にできそうな事は、もうこれぐらいしかなかった
これ以上の行為は、流星にとっては思い出すだけでも頬が赤面していくような、そんな行為だった

「これだけじゃ、ないだろ・・?おれがあんたにした事、よく思い出してみな」

よくよく思い出さずとも、わかっている
わかっているが、これ以上は行動に移せない
そう、口付けなど、とても自分からできる事ではない

汚れている僕の事を、ネズミは受け入れてくれた
だが、僕は人に触れない期間が長すぎた
何とか彼に素手で触れられるようにはなった
ただ、それだけだ
突然そんなハードルの高い事を言われても、できるはずがなかった


流星はそのまま硬直していたかと思うと、上半身を起こして座り直した
負けた者へのペナルティーだと言われても、できない
まだ、どこかで彼に触れる事をためらう自分が居るのが事実だった

「折角おれに好きなだけ触れられるいい機会を、棒に振られた、か」
ネズミは起き上がりつつ言った
流星は、まだ自分から相手に触れようとはしないところがあった
相手から触れられた時にのみ、初めて自分からも相手に触れる
それは、相手に拒まれていないのだと、絶対的な確信を持たねば触れられない
避けられ続けてきた、そんな過去を暗示しているかのようだった

「・・・僕ができるのは・・それが、限界だ」
見えているところで触れられるのは、首と頬と手、そして頭ぐらいだろうか
ネズミがこんな事では満足しないとわかっていたが、こればっかりはどうしようもなかった

「・・・あんたは、おれに欲情した事はないか?」
そんな事を尋ねられ、流星は目を見開いて驚きを露わにした
欲情、という事を知らないわけではない
だが、自発的にそれを感じた事はなかった
流星にとってその欲というものは、相手に触れられて初めて湧き上がるものでしかなかった

「そんな事、あるわけないだろ!
・・・そ、そうだ、何か、別の条件にしてくれないか。部屋の掃除とか」
流星はとっさに話題を変えた
欲情なんてものは、自分にとって恥ずべきものだと
そんな感情は、持っていても仕方のないものだと思っていた時期が、これも同じく長すぎた
そんな話題をするだけで、羞恥心が湧き上がってきそうだった

「そうだな・・じゃあ、あんたが作ったスープを飲んでみたい。紫苑にやたら好評だったみたいだしな」
案外、ネズミはあっさりと条件を変えてきた
流星にはこれ以上望んでも無理だろうと、悟ったのかもしれない

「わかった。じゃあ材料を買っておくから、明日の夜にでも来てくれ」
どうせなら、ネズミの舌をうならせるように手間をかけて作ろうと思った
そんな、明日という発言がネズミにとっては好都合だった

「ああ。それじゃあ明日の夜、手土産を持って来訪させていただくことにするか」
そう言ってネズミはベッドから下りて、部屋を出て行った
流星は、あのまま無理強いされなくて心底安堵していた
そして、どんなスープを作ろうかと考えつつ、街へと向かった

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