NO.6 番外 ネズミ、紫苑編#2 前編

―二人分の想い―

流星は、ネズミの家へ連れられて来ていた
町を歩いていたらばったり遭遇し、急にネズミが目の色を変え、流星を自分の家へ引っ張り込んだ
どこか気迫のある剣幕に押され、流星は手を振りほどけなかった
そして、家に着いたとき、ネズミはすぐに尋ねた


「・・・あんたの首の痕、誰にやられた?」
「痕?」
やられたなんて、そんな物騒なことは身に覚えがない流星はネズミに聞き返した
流星が事をわかっていないことがじれったかったのか、ネズミはまた腕を引っ張って別の部屋へ連れて行った
その部屋には、大きな鏡が置いてあった
ネズミは流星をその前に立たせ、よく見るように言った

「・・・あ」
流星は、その鏡を見て初めて気付いた
自分の首筋に、薄い赤色をした小さい痕があることに
その箇所には、先日触れられた記憶がある
そこは、紫苑が口付けた箇所だった

「・・・紫苑が付けたのか」
ネズミは、まるで流星の考えを読んだように問いかけた


流星は、沈黙していた
そんなことを指摘されて、恥ずかしいという思いはあった
けれど、嫌悪は感じていなかった
紫苑にこの痕をつけられたことに
いきなりあんな行為をされたことに対する怒りも、湧き上がってこなかった

流星は、そんな自分に戸惑っていた
鏡と向き合って沈黙していると、ふいにネズミが後ろから流星を抱きすくめた

「ネ、ネズミ?」
流星が名を呼ぶのとほぼ同時に、ネズミは動いた
自分の顔を、流星の首筋へ近付けてゆく
そしてネズミはそのまま唇を寄せ、口付けた

「っ!?」
首筋に感じた感触に、流星は反射的に身をよじった
しかし、まわされた両腕の力は強く、身動きをとることができない
みるみるうちに紅潮してゆく鏡の中の自分を見ていられず、流星は強く目をつむった


首筋に、小さな痛みが走る
昨日も感じたその痛みに流星が再び身をよじると、ネズミは両腕を解いた
目を開いて鏡を見ると、昨日の痕のすぐ近くに、また新しい痕が付いていた

「な・・・何のつもりだ」
流星は向き直って、ネズミに問うた


「紫苑には、渡さない」


「え?」
流星が聞き返すのと同時に、ネズミは再び相手を抱きすくめた

「おれはあんたと重ね合わせたい。この唇だけじゃなく・・・」
ネズミが指先で、流星のその箇所をなぞる
指先の感触に悪寒にも似た感覚が背筋に走り、流星は反射的に身を固くした

「あんたを・・・おれのものにしてしまいたい」

「何・・・を・・・」
真剣な眼差しを向けられ、流星は動揺を隠せない

「紫苑に渡しはしない」
ネズミは強調するように、もう一度そう言った

「君まで、そんなことを言って・・・」
流星は動揺していたが、同時に困惑もしていた
取られたくない、渡さないなんて、なぜそんな言葉をかけられるのか
自分には、そんな言葉をかけられるのは相応しくない
ネズミの思考も、紫苑の思考も、流星にはわからないでいた



流星がネズミに抱きすくめられたままでいると、ふいに扉の開く音がした
紫苑が帰ってきたのだと察し、流星はとっさにネズミから離れようと肩を押した
しかし、ネズミが腕を解く気配はなかった


「ネズミ、離してくれ、紫苑が・・・」
そう言ったが、ネズミは解放とは真逆の行動をした
顎を取って上を向かせ、流星が抵抗する前に強く口付けていた

「っ―――!」
流星は、とっさに離れようと両手に力を込めてネズミを押そうとする
しかし、ネズミはそれを許さなかった
わずかな隙間も空けることを阻むよう、ネズミはしっかりと両腕で流星を捕らえて離さない


足音が、部屋へと近付く
流星はどうすることもできない現状に、ひたすら焦っていた
部屋の入口にちらっと人影が見えた瞬間、流星はたまらず視界を閉じていた



ネズミは背後に人が来たタイミングで、腕を解いた
流星はすぐに身を離したが、羞恥のせいですぐには相手を見ることができなかった

「よくもまあ、間が悪いときに来るもんだな」
ネズミは、背後に居る人物に向き直って言った

「ネズミ、きみは・・・」
「挑発するみたいに痕をつけて、おれへの宣戦布告のつもりか?」
ネズミの口調は、高圧的だった
だがその一方では、焦りを隠していた


紫苑があんな大胆な行動に出るとは、思っていなかった
もたもたしていたら、先を越される
そんな危機感が、ネズミにはあった

「そんなつもりじゃない、ぼくは・・・・・・」
紫苑が反論しようとすると、ネズミがまた言葉を浴びせる
それを見ていた流星は、急に心苦しくなった

自分がいるから、二人は口論している
二人の仲に、自分という第三者が入り込んでしまったせいで、均衡が壊れようとしている
そんなことは、絶対に嫌だった
自分のせいで、紫苑とネズミの仲がこじれてしまうなんて


「二人とも、口論するのはやめてくれ!」
たまらず、流星は叫んだ
二人は言葉を止め、少し驚いたような表情をして流星を見た

「・・・それは、僕が原因なんだろ?
・・・そのせいで、君達の仲が悪くなってしまうのなら・・・」
この先の言葉を言うのは、躊躇われた
けれど、本当は二人の仲に介入していい人物なんていないのかもしれない
言葉を発そうとした瞬間、胸の奥が痛むのを感じた


「君達の仲が壊れてしまうのなら・・・・・・僕は、もう君達と関わることをやめる」
流星は何かに耐えるように、手を強く握って言い放った
こんなことを言ったら、僕はまた独りになってしまう
けれど、それはこの町に落ちてきたときに戻るだけのこと

独りが当たり前の時期があった
ならば、また独りになっても耐えられるはずだ
流星は自分に対して、必死にそう言い聞かせていた

「流星、そんな・・・」
紫苑は不安そうな瞳で流星を見る
流星は、冗談ではないと言いたげに紫苑を見かえした


「二人ともおかしいんだ、いくらこんな街でも、もっとましな人はいるだろう?」
流星の発言に、二人の目の色が変わった
それに気付きながらも、流星は言葉を続けた

「君達は・・・その、恰好悪くはないんだから、早合点するのはやめたほうがいい。
・・・冷静に考えてくれ、僕はもう帰るから」
流星はそう言い放つと、早足で家から出て行った
残された二人は、神妙な表情をしていた
それは、今、同じ部屋にいる者に対して向けられているものではなかった






自分の家に帰った流星は、一人考えていた
二人を突き放すような真似をしてしまって、本当によかったのだろうかと
正直なことを言えば、二人は共に居て安心する存在だし、傍に居てほしいと思う

けれど、二人に流されてしまえば、それはきっと後悔に繋がる
自分ではなく、相手が後悔することは目に見えている
口付けされるのはまだいいとしても、それ以上の行為に進むわけにはいかない

二人は、未完成な体のことを知っているはずなのに
なのに、求めようとする
それは、眼前の欲に突き動かされて自分を見失っているだけにすぎない
冷静に考えれば、この体は全ての欲を満たせないことに気付くはず

そうすれば、元に戻る
二人の関係も、円滑になることだろう
自分が必要以上に好かれるなんて考えられない
友人以上の関係に発展するなんて、一生縁のないことなのだから



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